2025年上半期の文学界を賑わせた、第173回芥川龍之介賞(芥川賞)と直木三十五賞(直木賞)。なんと今年は、両賞ともに「受賞者なし」という異例の結果となりました。日本文学の最高峰とも言えるこれらの賞で、なぜこのような結果に至ったのでしょうか?
今回は、直木賞と芥川賞が一体どんな賞なのか、その選考基準、そして過去の受賞作の傾向を振り返りながら、今年の候補作についても詳しくご紹介します。
直木賞と芥川賞、そもそもどんな賞?
芥川賞と直木賞は、どちらも公益財団法人日本文学振興会が主催する文学賞ですが、その対象には明確な違いがあります。
芥川龍之介賞(芥川賞)
芥川賞は、純文学の新進作家を対象とした賞です。主に雑誌に発表された短編・中編作品の中から、文壇の新人を育成する目的で選考されます。実験的な試みや、新たな文学表現の可能性を秘めた作品が評価される傾向にあります。
直木三十五賞(直木賞)
直木賞は、大衆文学の書き手を対象とした賞です。小説誌や単行本として発表された長編、もしくは短編集の中から、エンターテインメント性や物語の面白さ、幅広い読者に支持される可能性を持った作品が選ばれます。純文学とは異なり、時代小説、歴史小説、ミステリー、SFなど、多様なジャンルが対象となります。
選考基準は?ベールに包まれた選考過程
芥川賞と直木賞の選考は、通常、候補作発表から数週間後に行われ、その選考過程は非公開です。選考委員は現役の著名な作家が務め、それぞれの専門性や文学観に基づいて議論を重ねます。
具体的な選考基準は公表されていませんが、一般的には以下のような点が重視されていると言われています。
芥川賞
- 文学的質の高さ(文章表現、構成力、テーマ性など)
- 独自性、新しさ
- 作家としての将来性
直木賞
- 物語の面白さ、読者を惹きつける力
- 構成の巧みさ、エンターテインメント性
- 幅広い読者層への訴求力
選考委員による侃々諤々の議論を経て、多数決で受賞作が決定されます。両賞ともに、受賞に値する作品がないと判断された場合は「受賞者なし」となることもあります。
過去の受賞作品と傾向を振り返る
これまで数々の名作が生まれてきた芥川賞と直木賞。過去の受賞作を振り返ると、それぞれの賞の傾向が見えてきます。
芥川賞:文学のフロンティアを切り拓く作品たち
芥川賞は、その時代の文学の最先端を映し出す鏡とも言えます。社会情勢を鋭く切り取った作品、人間の内面を深く掘り下げた作品、あるいは斬新な文体で読者を驚かせた作品など、多岐にわたります。
- 最近の傾向: 性的マイノリティや多文化共生など、多様性をテーマにした作品や、SNS時代を反映したコミュニケーションのあり方を問う作品が増えています。また、海外ルーツを持つ作家の受賞も目立ち、現代社会の多様な側面を映し出しています。
- 代表的な受賞作品:
- 村上龍『限りなく透明に近いブルー』(第75回)
- 金原ひとみ『蛇にピアス』、綿矢りさ『蹴りたい背中』(第130回)
- 高山羽根子『首里の馬』(第163回)
- 宇佐見りん『推し、燃ゆ』(第164回)
直木賞:物語の力で読者を魅了する作品たち
直木賞は、純粋に物語を楽しむ喜びを与えてくれる作品が選ばれる傾向にあります。歴史の謎を解き明かすもの、日常に潜むミステリー、心温まるヒューマンドラマなど、そのジャンルは多岐にわたります。
- 最近の傾向: 医療や福祉、犯罪心理など、社会問題を深く掘り下げた作品や、歴史上の人物を新たな視点で描く作品が評価される傾向にあります。また、人気作家の安定した力量が光る作品も多く見られます。
- 代表的な受賞作品:
受賞者なしだった第173回芥川賞・直木賞の候補作は?
さて、今回の第173回では、受賞者なしという異例の結果となりました。選考委員会では、それぞれの作品に対してどのような評価が下されたのでしょうか。惜しくも受賞を逃したものの、文学界の注目を集めた候補作をご紹介します。
第173回芥川賞 候補作
1. トラジェクトリー
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著者:
グレゴリー・ケズナジャット
内容紹介:
英会話教師として日本で就職したブランドンは、アポロ11号の月面着陸計画の記録を教材に、熟年の生徒・カワムラとレッスンを続ける。
やがて、2人のあいだに不思議な交流が生まれていく。
日本に逃げたアメリカ人と、かつてアメリカに憧れた日本人。
2人の人生の軌道<トラジェクトリー>がすれ違う時、何かが起きるーー
アメリカ出身の作家が端正な日本語で描く、新世代の「越境文学」
2. 鳥の夢の場合
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著者:
駒田 隼也
内容紹介:
「おれ、死んでもうた。やから殺してくれへん?」彼の胸に耳を当てた。するとたしかに心臓が止まっていたーー。シェアハウスに住まう二人と一羽の文鳥。一つ屋根の下、同居人の蓮見から初瀬にもたらされた、気軽で不穏な頼み事。夢と現、過去と現在、生と死。あちらとこちらを隔てる川を見つめながら、「わたし」が決断するまでの五十五日。
3. 踊れ、愛より痛いほうへ
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著者:
向坂くじら
内容紹介:
幼い頃から納得できないことがあると「割れる」アンノは、愛に疑念を抱いていて――
4. たえまない光の足し算
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著者:
日比野コレコ
内容紹介:
「かいぶつ」と呼ばれる時計台が見下ろす公園で出会った二人の少女と一人の青年。
美容外科のポスターに啓示を受け、花を食べる“異食の道化師”薗(その)。
「みんなのひと」になりたくて、フリーハグを続ける“抱擁師”ハグ。
“プロの軟派師”としてデビューしたばかりの弘愛(ひろめぐ)。
「こんなふうだったら、かんぺきだと思う」
「なにが」
「人と人とのむすびつきがさ」
ここは帰るべき家を持たない少年少女たちの残酷な楽園
21歳の新鋭が爆発させる愛と幻想の世界!
第173回直木賞 候補作
1. ブレイクショットの軌跡
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著者:
逢坂 冬馬
内容紹介:
底が抜けた社会の地獄で、あなたの夢は何ですか?自動車期間工の本田昴は、Twitterの140字だけが社会とのつながりだった2年11カ月の寮生活を終えようとしていた。最終日、同僚がSUVブレイクショットのボルトをひとつ車体の内部に落とすのを目撃する。見過ごせば明日からは自由の身だが、さて…。以後、マネーゲームの狂騒、偽装修理に戸惑う板金工、悪徳不動産会社の陥穽、そしてSNSの混沌と「アフリカのホワイトハウス」―移り変わっていくブレイクショットの所有者を通して、現代日本社会の諸相と複雑なドラマが展開されていく。人間の多様性と不可解さをテーマに、8つの物語の「軌跡」を奇跡のような構成力で描き切った、『同志少女よ、敵を撃て』を超える最高傑作。
2. 乱歩と千畝―RAMPOとSEMPO
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著者:
青柳 碧人
内容紹介:
名もなき若者だったが、夢だけはあった。探偵作家と外交官という大それた夢。希望と不安を抱え、浅草の猥雑な路地を歩き語り合い、それぞれの道へ別れていく…。若き横溝正史や巨頭松岡洋右と出会い、歴史を変え、互いの人生が交差しつつ感動の最終話へ。
3. 嘘と隣人
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著者:
芦沢 央
内容紹介:
知りたくなかった。あの良い人の“裏の顔”だけは…。ストーカー化した元パートナー、マタハラと痴漢冤罪、技能実習制度と人種差別、SNSでの誹謗中傷・脅し…。リタイアした元刑事の平穏な日常に降りかかる事件の数々。身近な人間の悪意が白日の下に晒された時、捜査権限を失った男・平良正太郎は、事件の向こうに何を見るのか?
4. 踊りつかれて
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著者:
塩田 武士
内容紹介:
首相暗殺テロが相次いだあの頃、インターネット上にももう一つの爆弾が落とされていた。ブログに突如書き込まれた【宣戦布告】。そこでは、SNSで誹謗中傷をくり返す人々の名前や年齢、住所、職場、学校……あらゆる個人情報が晒された。
ひっそりと、音を立てずに爆発したその爆弾は時を経るごとに威力を増し、やがて83人の人生を次々と壊していった。
言葉が異次元の暴力になるこの時代。不倫を報じられ、SNSで苛烈な誹謗中傷にあったお笑い芸人・天童ショージは自ら死を選んだ。ほんの少し時を遡れば、伝説の歌姫・奥田美月は週刊誌のデタラメに踊らされ、人前から姿を消した。
彼らを追いつめたもの、それは――。
5. Nの逸脱
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著者:
夏木 志朋
内容紹介:
何気なく開けてしまった隣人の扉、「フツウ」の奥に隠されていたものは―。爬虫類のペットショップでアルバイトをする金本篤は、売れ残ったフトアゴヒゲトカゲが処分されそうになるのを見て、店長に譲ってくれと頼む。だが、提示された金額はあまりに高額で、「ある男」を強請って金を得ようと一計を案じるのだが…。自ら仕掛けた罠が思いがけぬ結末を呼び込む「場違いな客」など、町の「隣人」たちが繰りひろげる3つの物語。
6. 逃亡者は北へ向かう
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著者:
柚月 裕子
内容紹介:
底が抜けた社会の地獄で、あなたの夢は何ですか?自動車期間工の本田昴は、Twitterの140字だけが社会とのつながりだった2年11カ月の寮生活を終えようとしていた。最終日、同僚がSUVブレイクショットのボルトをひとつ車体の内部に落とすのを目撃する。見過ごせば明日からは自由の身だが、さて…。以後、マネーゲームの狂騒、偽装修理に戸惑う板金工、悪徳不動産会社の陥穽、そしてSNSの混沌と「アフリカのホワイトハウス」―移り変わっていくブレイクショットの所有者を通して、現代日本社会の諸相と複雑なドラマが展開されていく。人間の多様性と不可解さをテーマに、8つの物語の「軌跡」を奇跡のような構成力で描き切った、『同志少女よ、敵を撃て』を超える最高傑作。
まとめ
芥川賞と直木賞は、それぞれの役割を持ちながら、日本文学の発展に大きく貢献してきました。今回の「受賞者なし」という結果は、選考委員会の文学に対する真摯な姿勢を示すものと言えるでしょう。
惜しくも受賞は逃したものの、今回の候補作はどれも今後の文学界を担う作品ばかりです。ぜひこの機会に手に取って、あなたのお気に入りの一冊を見つけてみてください。
